1988年の風変わりな感謝祭 (A very different Thanksgiving... 1988)

(カルビンが仕事場の懸賞で当たった旅行)

豪華な食堂に足をふみいれて、あっとおどろいた。
ターキーや秋の紅葉などの飾りがあちこちに
もちろんこれはアメリカの感謝祭のモチーフ。
ディナーもほっぺたが落ちるほどで、
ほんとうに「典型的」な感謝祭の食事。
用意してくれたのは、フランスで修行をしたスイス人のシェフ。
場所は、ニュージーランド。

ツアー中なので、1時半には北島に行くために
空港に向かわなければならない。
ガイドさんがいったことによると、
飛行機に何か故障があったので
ツアーグループの一部の人たちは11時半に行って、
残りはあとで落ち合う。

食事中、ウェイターが一つ一つのテーブルにきて、
「お食事をお楽しみください」と声をかけていった。
それから、マネージャーからの伝言を聞きにロビーに行った。
グループが集まると、その日の飛行機は前便キャンセルされたとのこと。
ガイドのクリスタルは、グループの何人かを連れて
もう一便前の飛行機で出発したけれど
残りのグループの移動の手配もするとのこと。

私が「大丈夫。ここは気に入ったし、
もう一日いれるってことでよかった。」
みんなもそうだそうだと言った。
ところが、もう一つ「悪いニュース」もあった。
みんなの荷物は、全部一便前の飛行機で持っていかれてしまって、
おまけにチェックアウトしたばかりの部屋が
もう全部うまってしまって、このあたりには泊まる部屋もないと。

こんなニュースでまいってたまるかと、
みんな笑って「このロビーにいたって別に問題はまったくない。
ソファもたくさんあるし、カーペットもふかふか。」
それでも、ウェイターは、それは法律に反することだから無理だと言う。

だんだんちょっと心配になってきた私たちは
ぶつぶつ文句を言い始めた。
だけど、ここは外国だけどちゃんとした国なんだから
外に放り出されることはないだろうと誰かが言った。

それもそうだと納得したところに
エアポート・バスがあと10分ほどで迎えにくるとの連絡に
それはよかったと喜んだ。
みんな旅行なれしていて、
空港で夜をすごしたことはよくあることだからだ。
もう心配なしで、空港行きのバスに乗り込んだ。

おどろいたのは、着いたのがとっても小さい建物で、
床がセメント、一人一人のすわる場所が区切ってある木製のベンチ。
ということは、横になれもしない。
カフェもないし、お菓子や飲み物の自動販売機もない。
それでも、男女共用のトイレと水のみ場はあった。

そのとき、前の便で行ったはずの二人が現れた。
飛行機に乗れなくて残ったそうだ。
これで16人。
だんだん時間もたつし、食べ物も寝る場所もない。
これからなにが起こるかもはっきりしない・・・。

空港の管理人がやってきて言った
「いいお知らせがあります。荷物はまだここにありますので」
どこにあるのか聞くと、指をさした先は滑走路。
これには大笑い。
「別の飛行機で近くの教会へいく手配がしてあるので、
そこで一晩泊まり、次の日に目的地へ出発していただきます」

そうは言っても、多分言っているだけで、実際には
何も起こらないだろうと、みんな思っていた。
30分後くらいに、小さい飛行機に乗るのは怖いでしょうか
と聞かれたときには、みんな笑えもしないで
「なんにでも乗るよ!」と満場一致で答えていた。

そのあとすぐ、小さい飛行機3台が着いて、
荷物も積まれ、3台とも全部にみんなが乗った。
どこに行くのかも何もわからず、まあどこかにいくのだと。
パイロットは、教会に連れて行くために
通常の仕事は取りやめになった、と説明してくれた。
仕事とは観光用飛行で、ミルフォード・サウンドや
マウント・クックの氷河などの
最高の眺めを観光客に見せることだそうだ。
私たちのグループがいろいろ大変だったと聞いて、
ちょっとくらい観光してもいいだろうと思ったそうだ。

その日、本当にすばらしい景色をみせてもらった。
あまり観光客を連れて行かないような場所にまで
連れて行ってくれて、
氷河の上すれすれを飛んだり、
まるでそこでスキーをしている人たちに声をかけれそうなくらい。

教会についてみると、別の飛行機が待っていた。
結局その夜は、教会で過ごすのではなく、
ウェリントンまでいくことになっていた。

ガイドさんが切符の手配をしていれくれたのだけど、
切符の名前とパスポートの名前が一致しなくて
それをなんとかするのにまた1時間かかった。
そして、やっと搭乗。

乗り込むと、他の乗客からいやな目で見られて、
ある女には「あんたら一体なんなのさ?」とにらみつけられた。
その女の隣にすわり、「単なる観光客です。
この綺麗な国の観光をしてるだけですよ。」と答えたら、
鼻で嗤って背中をむけた。(!)
その人たちが悪いのではないのも分かった。
あのひどい暑さのなかで、二時間も待たされたのだもの。

ウェリントンに着いたら、
空港はちょうど閉まる時間だった。
電気はいくつかしか点いていなかったけど、
夜を明かす場所を見つけるのには十分だった。
ただ、何も食べ物がなかった・・・。
何人かは、例の教会の自動販売機で何か買えた。
でも、買ったものは、もうみんなで食べてしまった後だった。

あまりあった分けではないけど、ないよりまし。
もうだいたい夜零時くらいになって
みんなやっとおちついて寝転がったころ、
夜警のおじさんがやってきて、電気をつけた。
飛行機がついて、これからロトルアに出発するから
乗りなさいと。
みんな声をあげて喜んですぐ荷物をまとめて
ドアまで走りよって、飛行機に乗った。

パイロットに聞いてみたら、
どうせ朝にウェリントン空港まで戻るならと
ガイドさんにせがまれて戻ってきたそうだ。
「あの人は、小柄だけどおっかない」とは、
パイロットの意見。

ロトルアに着いたら、ガイドさんが
バスとバスの運転手と一緒に待っていてくれた。
みんな、わらわらとガイドさんに走っていって
冒険みたいな一日の話とすばらしいことが起こったと
話をした。

ガイドさんは、心配の固まりのような顔をしていたけど、
みんなガイドさんをハグして「どうしたの?」と
口々に聞いた。
「皆さんは、すごいですね!
もう心配で心配で、絶対嫌われたなと思っていたんですよ。
でも、皆さん笑顔で冗談を言ったり。
もう午前3時で、寝られてないし、食べ物もなかったし・・・。
ほんとうに、もう、何と言ったらいいか」

やっとのことでホテルに着いたら、
あまり大きくない食堂に案内されて、
そこで飲み物や果物やスナックなどをごちそうになって
午前5時ごろやっと床に就いた。

この感謝祭も、色々感謝することに気づかせてくれた
忘れられない思い出です。

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